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━第13回━
私達には見えない日本とアメリカを結ぶ橋があるとすると、 私はその橋げたの1つになりたい。
━まずは渡米のきっかけから聞かせて下さい?━
私が「アメリカ」という国に興味を持ち始めたのは、父親のボランティア 活動と深い関係があるんです。 父親は、日本水泳連盟で長く国際審判員を務めていた事もあり、
オリンピックや世界選手権を通じ、アメリカ人の 知り合いが多くいたんです。 その子供達が私と同じ世代で、彼らと共に時間を過ごす度に、
彼らが生まれ育ったアメリカに行ってみたい、という想いが 芽生え、私をアメリカへと魅了していきました。
私のアメリカへの想いは、短期の観光よりも、自分で小切手を持ったり 電話回線を引いたりという長期間での現地生活を視野に入れたもの
だった為、私が最終的に下した決断は仕事での渡米でした。
仕事でのアメリカ行きを考えた場合、商社やメーカーなどいろんな形での 国際ビジネスがあるんですよ。 その中で、私は銀行、特に国際業務に強いと言われていた
三井銀行(現三井住友銀行)を就職先に選び、渡米への想いを抱き仕事に励みました。
━何故ラスベガスに来られたのですか?━
偶然の産物です。(笑)
予定通り三井銀行に入ったのですが、日本の景気が後退し、 国際業務どころでは無くなり、海外の支店もどんどん閉めだしたんです。
私自身、海外勤務の一歩手前までいった所で、阪神大震災が起き、 復興の人不足で国内畑に戻され、そこから、私の軌道修正が始まりました。
その時私が取った行動は、銀行を辞めインターンとしてアメリカで働き、 自分の方向性をもう一度見つめ直す、というものでした。 そして、インターンの依頼をしていたエージェントの方が
法律事務所でのお話を持ってきてくれたんです。 私が訪ねた『場所は何処ですか?』の質問に 返ってきた答えが、『ラスベガス』だったんですよ。(笑)
ホントにラスベガスが好きなんです。(笑)
『何故』って聞かれると、答え様がないんですけど とにかく好きなんです。 ラスベガスが好きだからラスベガス関連の本もいろいろ書いています。
その本を通して少しでも多くの日本人の方にラスベガスを 知って頂いて、ラスベガスに来るきっかけになれば良いと思ってます。 それが、私のミッションの1つだとも考えているんです。
今まで、仕事でアメリカの大都市の殆どを周りました。 その度に感じるのが、ラスベガスが持つ独特な風土。
風土は、目に見えないものだからどうとでも言えるけど、 ラスベガスには、他のどの都市にも無いユニークな風土があるんです。
移民の国アメリカの中にあり、今でも新しい人がどんどん入って来ている。 『ラスベガスに行くと何かチャンスがある』
これってもともとのアメリカのパワーの源泉だと思うんです。 そういった環境の中で、日本人や中国人など人種に関らず、 みんなが成長を夢見てる。
そういった風土がラスベガスには今でも根付いていると思います。 何かをやってやろうと思う時、とってもいい街だと思いますよ。 私がラスベガスに来たのは偶然だけど、もし他の街に
行っていたらこれほどその街を好きになってたかは疑問ですね。
人間は、好きな事をしたいし、 好きな事をやっているのが一番楽しいと思います。 もし、それが趣味であるなら私の場合、仕事が趣味、
と言えるのかもしれません。(笑)
銀行に入った時に、新入社員研修があって、 体育館のような所に1400名程の新入社員が集められ 壇上に取締役人事部長が上がり、スピーチをしたんです。
今でも鮮明に覚えてる取締役が言った言葉に 『仕事が趣味、趣味が仕事、これが一番良い』というものがありました。 その言葉に対し、当時の私は物凄く反発したんです。
こういう感性の無さ、人間を無機質なものにし、 人間の人間らしさを認める価値観を持たず、 仕事でしか人間の価値を測る物差しを持ってない
人が取締なんて、ひどい会社だと思ったんです。(笑) 今でもその時の反発はクリアーなもので 私の感じ方は、決して間違っていなかったと思うんです。
でも、取締役が大上段でそう言うから私みたいなもの を反発させたのだと思う。 彼の表現の仕方が悪かっただけで、 やっぱり好きな事をやれる人は強いと思います。
能力とか才能より、自分がその仕事が好きかどうか、 1日24時間の内の23時間をその仕事に費やせる人。 そういった人が本物だと思うんです。
取締役もそういった事をお話されていたと思います。
私は、この仕事が好きなので23時間でも働けます。 でも、これがシアトルやサンフランシスコなら分からない。 それは、私が仕事の中で、ラスベガスをプロモートして
いるからなんです。 ラスベガスが好きだから、ラスベガスをもっと皆様に 知って頂きたいから23時間でも机に向かう事が出来るんです。
好きな事が趣味なら、やっぱり私には、仕事が趣味なのかも 知れません。 私は、仕事と趣味の線引きをするのが不得意な人間 なんですよ。(笑)
アンセムに『トランペット』というレストランがあるんですけど、 そこの庭から見るラスベガスの夜景は良いですよ。 「私だけの」って言うと、アンセムに住んでいる方に
怒られそうですけどね。(笑) 遠くに小さくしか見えないですけど、そこからの ストリップの夜景はお気に入りです。
日本とアメリカの関係性に対して 自分がほんの少しでも役に立てれば良い、と考えています。 具体的に私が出来るのは、少しでも多くの日本人がアメリカを
好きになってくれる事。またその逆に、 一人でも多くのアメリカ人が日本を好きになってくれる 事。これに尽きるんです。
現在は、一人でも多くの日本人がラスベガスを好きになって貰える よう努力しています。 でも遠い将来は、それをアメリカ全体へと拡大し、
お互いがお互いを尊重し合える日米関係へと発展させて いきたいです。 私達には見えない日本とアメリカを結ぶ橋があるとすると、 私はその橋げたの1つになりたいんです。
それが私の夢ですね。
●取材後●
『いつもクールな荻原さん』。そんな勝手なイメージを抱き、今回のインタビューはスタート。
が、取材がラスベガスの話題に移ると、そこにはとっても熱くてユーモアに溢れる荻原さんの姿があった。
荻原さんと僕たちの距離が少し近づいたのを感じた瞬間でもあった。
忙しい中、取材にお付き合い頂き有難う御座いました。今後とも宜しくおねがいしまーす。
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