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━第3回━
第一回らららラウンジのテーマであった「ラスベガスNo.1日本食レストランは?」で地元民から圧倒的な支持を得た元気亭。今回はその結果報告をも兼ねて元気亭のシェフ民部さんに突撃インタビューをしてきました。
何とか「カッコつく」までがんばらないとね。
こうやって独立したからには。
━もともと料理の世界に入ったきっかけは何だったんですか?━
私は出身が箱根でね。周りに旅館や飲食業をやっている人が多かっただけに、自然と料理人になりたいって思うようになったんです。小学生くらいのときにはすでに料理人を目指してましたね。
最初は地元、箱根の富士屋ホテルという所で修行をしました。3年程そこで修行をした頃ハワイの日本食レストランへの出向の話が舞い込んできまして、アメリカに渡ることになったんです。
━アメリカに渡りたい!という気持ちは当初からあったのですか?━
昔、とてもお世話になった先輩でNYのレストランでシェフになった方がいまして「チャンスがあればいつかは・・・」という気持ちはありました。まさか本当に来ることになるとは思いませんでしたが(笑)
で、ハワイで5年。それからラスベガスへ来ることになります。最初は当時、W. Saharaにあった「京都」というお店。それから1990年にサンレモホテルのオープニングスタッフとして寿司バーを任されることになりました。
━当時のラスベガスはどんな感じでしたか? ━
当時は日本食レストランも数える位しか無くてね。日本食材の卸業者も無くて大変でした。毎日、LAから空輸されてくる魚を飛行場までピックアップしに行ったりね。MGMやエクスカリバーなんかもまだ無い時代、ストリップにも空き地があった頃ですから。当時から考えるとラスベガスが今みたいに発展するなんて想像もつきませんでした。ラスベガスがすごい勢いで変わってゆく時代、一番おもしろい時期を見れましたよね。
━もともと独立願望はあったのですか? ━
そうですね。板前をやっていれば、やっぱり「ゆくゆくは自分の店を構えて・・・」という気持ちはありました。当時、同じサンレモに日本人のセールスディレクターがいまして、彼に「一緒にやってみないか?」と誘われました。彼とは現在、この店の経営のパートナーという形でやらせて頂いています。
━独立開業、色々ご苦労もあったでしょう━
うーん、昔と比べればそんなに苦労も無かったですよ。今は日本食材の卸業者も沢山ありますし、野菜とかはチャイナタウンやインターナショナルマーケットでも買えますしね。ただ、リカーライセンス(お酒を販売するために必要な免許)だけは苦労しましたね。結局、ライセンスを取るのに4ヶ月位かかったかな。
━地元民からの評価も良いようですよ。
私共のWebサイトでも絶大な支持を得ていましたし。━
どうもありがとうございます。皆様にそう評価してもらえると、とてもうれしいです。(ちょっと冗談めかして)でも、その割にはいまひとつお客さんが増えませんが(笑)
━ラスベガスにお気に入りの場所はありますか?━
仕事が忙しくてあまり出歩いて無いんですよね・・・このお店は私しか料理人がいませんので。唯一の楽しみは仕事が終わったあとにO'Aces(Framingo&Decator)で一杯やる事くらいですか。普通のアメリカンバーですけど結構食えるもの出しますよ。チキンウィングとかお勧めですね。こんな24時間お酒が飲めて、食事が出来る街は他には無いですからね。そういう意味では僕みたいな仕事をしている者にはありがたい街です。
━独立を果たされた訳ですが、今後の目標はありますか?━
何とか「カッコつく」までがんばらないとね、こうやって独立したからには。このお店でもまだまだやり足りないことが有りますし。
━そういえば最近、メニューを改変されましたよね━
そうですね。今までは日本人の皆さんをメインのお客様と考えてきたのですが、これからはアメリカ人や日本人以外のアジアからのお客様も狙っていこうと思いまして。コンビネーションプレートを入れるなどして工夫しました。同時に以前のメニューで人気のあった銀鱈の煮付や焼物などは新しいメニューにも残すようにして。とにかく、たとえ他店と同じメニューであっても他では出せない「うちの味」を出せるように心がけています。
━お勧めの料理とか有りますか?━
(壁にかかっているメニューを指しながら)ぜひ「今日のお勧め」の中から一品をお試しください。あそこに掲げているメニューはその時の旬にあわせてメニューを変えるようにしています。お二人でいらっしゃって、お一人がコンビネーションプレート、もうお一人が「今日のお勧め」から一品〜二品たのんでシェアなさるとお得だと思います。
━その他に何かこれから目標になさっている事は?━
あとは自分の弟子を育てて行きたいですね。今は自分ひとりでやっているので日曜日と祭日にはお休みをもらっていますが、ゆくゆくは信頼できる板前を育てて年中無休にしたいですね。
それと、ラスベガスの日本人コミュニティがもっともっと盛り上がったら面白いですよね。昔と比べればラスベガスの日本人の数も増えてきてますし。(当スタッフに向かって)皆さんみたいなコミュニティ活動をしている人がもっと増えれば面白い事も増えるでしょう。ぜひ頑張ってくださいね。
●取材後●
ラスベガスを代表する日本食シェフの一人としてラスベガスの成長と共に歩んでこられた民部さん。職人さんらしい礼儀正しさと同時にユーモアのセンスをも併せ持つ、とても魅力的な方でした。
インタビューの最後には、なぜか私達への応援の言葉まで頂いてしまい…スタッフ一同恐縮するばかり。この気さくでおごらない人柄が地元民に圧倒的な支持を受けている秘訣なのかもしれません。これからもラスベガス地元民に愛される日本食シェフとして頑張って頂きたいものです。
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