ジャズピアニスト 悦子木場メーダー

 大阪府出身

 関西大学を卒業後、数年のOL生活ののち渡米。 UNLVにて音楽の修士号を取得。
  Jazz Bandのメンバーや、ラスベガスで行われた様様なショーにも参加、 Bellagioのラウンジでも演奏を行っている。 現在は、子育てに追われながらも、単発や、サブの仕事をしながら、子供たちにピアノを自宅で教えたり、作曲するなど、充実した生活を送っている。

 

 

   

 

 

 

 
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100人の旅路

 

 ━第12回━

 言葉が通じなくても音楽で通じるものがあるんですよ。



━ラスベガスに来るきっかけは?━

 日本で普通に会社員を3年半して、なんていうかいきづまってたんですよ。毎日同じ電車に乗って仕事に行っての繰り返しで、まぁそのころ付き合ってた彼氏ともいろいろあってですね。〔笑〕そんなときに知り合いの方がラスベガスに住んでいる方を紹介してくださって、アメリカ行きたいなぁと思ってたんで、とりあえず1年ぐらい行ってみようかなと。

 音楽的な理由で、アメリカ行きたいなぁとはかねてより思っていたし、知らない 人間にだけ囲まれて、自分を白紙に戻してみたいのもあって、家族には理解さ れないまま、無謀にも1年くらい行ってみる決心をしました。本能的に、、です ね。若かったからできたってやつ。(笑)

━当初は音楽をやろうと思って渡米されたのではないんですか?━

 クラシックのピアノは長い間やってたし、大学時代は軽音部に入っていて、ジャズピアノも習ってましたけど、音楽でやっていこうなんて思ってなかったんですよ。日本だとよっぽど運がよくないと無理だと思ってたし。 ラスベガスに来て最初はCCSNに通ってたんですけど、せっかくならUNLVに移ってくればと友人に勧められてじゃぁ音楽専攻でやってみようと思って編入したんですよ。

 あっという間に1年が経って、英語の授業にもやっとついていけるようになって、音楽もやっと本題に入ろうかなってときに今帰るのはもったいない。食事に行ってアパタイザ−だけ食べてメインディッシュ食べずに帰るようなものですよ。それで、こちらで真剣にやっていると、家族からも理解を得られ残ることにしたんです。


|UNLV時代|

 アメリカだと中学、高校のブラスバンドでも良いバンドがいっぱいあって、18歳の学生でもすでにかなり経験のレベルが高く、ショックで、刺激になりました。私は18歳といえば、やっとジャズや、当時フュージョンと言われていた音楽を聴き始めたところでした。

 けど最初のころは全員で合奏するときに、どこから始めるのかも英語がききとれず、指揮者の先生にここって指差して教えてもらってたぐらい。けど言葉が通じなくても音楽で通じるものがあるんですよ、とても勇気づけられました


|クラシックとジャズ|

 ジャズは教会のゴスペルなんかがルーツでそういうところでやってきた人達と、日本人とでは基本が違う。クラシックとジャズは全然ノリが違うし、クラシックの場合は譜面に書いてあるとおりに弾けばいいのにジャズの場合はコードだけが書いてあってあとはアドリブ。

 何で楽譜ないのにあんなに弾けるんだろうと思って、それからジャズの理論を勉強して分かってきたというか。それからもいろいろ大変でね、例えば日本人はスウィング*が出来ないといわれて、もうそれを身につけるのに一生かかりましたね。(笑)最近もうやめようかなっと思ったぐらいですよ。(爆)

 スウィング(*)しなけりゃ意味がない、って曲もあるくらいで。、やめようかなっと思った頃からやっと、自分で感覚がつかめてきたんで、やめるの、やめま した!(爆)ちょっと態度デカいくらいのほうがいいんですねえ。。。これ。リラックスして。

 よく演奏してるとき何を考えてるんですかって質問されるんですが、クラシックとジャズと演奏する時に考えてる事って全然違うんですよ。それを表現するのも難しいんですけど友人に言わせると脳みそを使ってる部分が違うとか。

 ジャズだとクラシック以上に自分自身で演奏する前に他の演奏者を聞いてそれと会話をするようにピアノを弾く感じ。ドラッグの力をかりて、とてもよい音楽を残して亡くなるジャズミュージシャンが多いですが、単なるテクニックの有無をこえ、無我の境地を求めて、苦しむ わけです。瞑想する人も多いです。


|ジャズピアニストの仕事|

 学校で学べる事って限られてるし、仕事でジャズ以外のいろんなバンドに入ってそれで教わった事もたくさんあります。 卒業するころ仕事に対してやっていけるのかなって不安もあったんですけど、そんなときに大尊敬してたジャズピアノの先生から仕事の話を頂いて、で入ったバンドがすごく良いバンドだったんですよ。これで失敗をしたらもうダメだろうなって、卒業を延期してまで必死にやりましたね。

 そのあとも、バンドのメンバーやバンドを見た他のミュージシャンから仕事を紹介してもらいました。ピアノだと他の楽器よりも仕事はあります。ソロでもできるし、だけどラスベガスではピンからキリまでさまざまですよ。

 

|Bellagioのラウンジでのデュオ|

 ベースの方と2人のバンドだったんですけど一番勉強になりましたね。仕事自体は大変だったし、毎日1曲は定番な曲を覚えたり、一緒に組んでた方がベース演奏者としてとても有名でしかも厳しい方でしたし。

 子育てをするために仕事の時間帯の不都合もあって辞めてしまいましたけどね。でも仕事をしないのと音楽をやらないっていうのは別だし、時間があるときには作曲したりしてます。

 子育てに時間とエネルギーをとられる分、かえって音楽と真剣にむきあうようになり、仕事に対してももっとセレクティブになりました。音楽だけやって一生生きていこうという方もいますけど、私は家族がいるからやっていけると思ってます。


|私だけのラスベガス|

 私だけじゃないんですけどサンセットパークですね。犬連れた家族が戯れてて平和な感じで、アメリカのいいところだけが見れるというか。小さい湖もあるし、けっこうそういう自然が好きなんですよ。昼間カジノのラウンジでスロットマシンの音を聞きながら仕事して、夜公園に行くとほっとします。

 あとすごい私だけっていうとホテルのヘルプホール(従業員食堂)ですかね。(笑)どこのホテルでもありますけどね、少し前のBellagioは、豪勢で、せこく、通いつめてるミュージシャンもいました (笑)


|これから|

 誰のスタイルでもなくて自分のスタイルを確立して、自分の作曲した曲を自分の選んだミュージシャンとコンサート開いたりしたいですね。仕事だと自分のやりたいようにいつもできるわけじゃないですからね。。

 真剣なミュージシャンは、自分で曲を書き、10年がかりでも自己制作CDまでこぎつけています。簡単なことではありませんが、創造的な音楽活動は、一番大切なことで、自分もいつか、、、と、目下の夢ですね。

 

 じゃぁそのときはラララのメンバーもギタリスト等としてさそってください。(爆笑)(ラララ編集部は音楽素人集団です)今日はどうもありがとうございました。

 

取材後

 音楽に対する考え方から個人的なお話にいたるまで、緊張気味の編集部員の質問にとってもきさくに答えてくださったえつこさん。終始、笑いの耐えないインタビューとなりました。次回お会いする際はぜひピアノを弾いていただきたいですね。

 

 *スウィング.....ジャズ特有の跳ねた感じのリズム。跳ねた感じというのは、簡単に「スキップ」。普通に歩くと足音は「タ・タ・タ・タ・」ですがスキップなら「タッタ・タッタ・タッタ・」というリズム。

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